column コラム
2024.08.01
井上一生の相続よもやま話① 相続対策で最も重要なこと
SAKURA United Solution代表の井上一生です。私は税理士ですが、自分自身の相続において様々な苦労をしてきました。そうした相続体験とそこから得た気づきをこれから随時、コラムでお伝えしてきたいと思います。第1回目は、「相続対策で最も重要なこと」です。
2015年に相続税の基礎控除が大幅に引き下げられて以降、タワマン節税への規制案が打ち出された今にいたるまで、「相続対策」には大きな注目が集まっています。当然、相続対策について専門家などに相談する人も増えていますが、誰に相談するかによって回答が大きく異なるということは意外に知られていません。
例えば、弁護士に相談すれば、相続人同士で揉めないよう、相続財産の分割を明確にすることを真っ先にアドバイスされるはずです。
金融機関や不動産会社のセミナーに参加して相談するとどうでしょうか。相続税を減らすため、更地の土地であればローンでアパートを建て、相続税評価を下げることを奨められたりします。
税理士であれば、税制上の様々な仕組みを利用しながら相続税の軽減を優先しがちです。それは私もよく分かります。
しかし、私は自分の経験から、相続税をきちんと納税できるよう「納税資金を確保するための相続財産のキャッシュ化」や「相続人間での揉めない配分」をまず考えるよういつもアドバイスしています。相続税の軽減ばかり考えるととてもバランスの悪い相続対策になるからです。
実は、相続対策において最も重要なことは財産を受け継いだ相続人が苦労しないようにすることです。そのためには遺産の権利関係がシンプルであり、できれば借金などもないとありがたいですね。また、遺産の配分において土地・建物はなるべく相続人間での共有を避けることも大切です。
土地・建物の共有は相続人間のトラブルの原因になります。なぜなら、人によってお金の緊急性は異なるからです。高収入の人は別に急いで売る必要はないでしょう。一方、子供を大学に入れるための学費が必要な人や、借金があって早く返済したい人は、早く売却してほしいと考えます。現金化へのニーズとスピード感は、相続人の間でも全く異なるのです。
それゆえ被相続人、つまり先に死んでいく者はトラブルの種になるような財産の残し方をしてはいけないと思います。特に注意したいのが遺言の仕方です。
なぜ私がこんなことを言うかというと、私が税理士になろうと考えた大きなきっかけが、父の遺言のために巻き起こった親族間のトラブルだったからです。
私は父が40歳過ぎで生まれました。母は父の後添いで、先妻の子どもたちがいました。つまり私の腹違いの兄弟になります。兄たちはすでに父から仕事や会社をもらって事業を営んでいましたが、特に父と長男の間には長年、いろいろな確執があったようです。そして最後には、不治の病に倒れて入院していた父の枕元で大喧嘩になり、兄は「くたばれ」と吐き捨てて出ていったそうです。激高した父はすぐ顧問弁護士に連絡を入れ「あいつには一切財産をくれてやらん。そのように遺言してくれ」と伝えました。法律の専門家である弁護士は、そんなことをしたら後で大変なことになると父を諫めましたが、父は言うことを聞きませんでした。
民法では相続において亡くなる人(被相続人)の意志を「遺言」という制度で保護しています。他方で相続人間のバランスをとるために「遺留分」という制度も設けています。「遺留分」とは遺言に関わらず原則として法定相続分の2分の1を相続人に認めるものです。
父の死後、まだ学生だった私は父の遺言に従って遺産を引き継ぎましたが、遺言のせいで遺産をもらえなかった長男は当然、納得しません。ある日、兄から「お前は財産をもらいすぎだから、俺に返還せよ」という一通の内容証明が届きました。向こうには弁護士がついていました。
学生の私にしてみると何が起こったのか最初はよく分からず、まさに青天の霹靂です。いろんな人に相談し、アドバイスをもらいながら幾ばくかのお金を分割で払うことによって解決しましたが、それ以降、一切の兄との交流はなくなりました。
この騒動から10年ほど経って父親の墓参りをしたとき、なんと墓石に兄の名前が刻まれているではありませんか。絶縁状態にあったとはいえ、私は兄の死を知らされていなかったのです。
昔から日本には「村八分」という言葉があります。村落共同体の中でなんらかの理由から付き合いをしなくなった家でも、火事と葬式だけ(二分)は普通に付き合うという生活の知恵です。ところが私は兄との関係で残り二分のうちのひとつの関係を絶たれたわけで、これにはなんともいえない悲哀を感じました。いくら相続を巡って揉めたとはいえ、亡くなった連絡ぐらいはしてくれてもいいのではないかと思ったものです。
父についていえば、いくら激高したとはいえ、遺留分を無視した遺言をしたことが問題でした。財産を特定の相続人などに渡したいなら相続についての基本的な知識とマナーを身に付けておくべできでした。
お陰で私は20歳そこそこの学生の身で浦和地方裁判所の法廷に立つ経験をさせてもらい、それが税理士になるきっかけになりました。
極論をいえば、相続税など税金の問題はお金で解決することができ、税務署や役所といくら喧嘩しても遺恨など残りません。しかし、兄弟姉妹や親戚との関係は、お金では買えません。遺恨が残ればその後はずっと口もきかず反目し合うようになったりします。財産を残すのであれば、相続人の間でトラブルが起きないようにすること。これこそが相続対策で最優先にすべきことなのです。